持続可能な社会は停滞的か 

久路喜之

スポンサーリンク
コラム
この記事は約2分で読めます。

ブログランキングへのポチッと応援はとてもありがたいです





 気候変動が人類に相対するに至っている。しかし、環境の持続可能性を追求することは社会の停滞を招くかもしれない。そこで、この小論では標題とした問いに一つの解を供することを試みたい。そのために、ここでは社会の進歩を、情報利用の発展という視座から捉えることにする。


 未開社会では、衣食住は自然から採集した動植物によって支えられている。こうした動植物の生育と繁殖を根本的に規定しているのが遺伝情報である。この段階では、人間は自らの外部に存在する情報を直接的に享受することで社会を成立させていると言える。

 時を経て農耕・牧畜社会が誕生したことは、こうした観点からは、動植物の遺伝情報の複製を選別的に制御する段階へと文明が進展したことを意味するだろう。


 こうして豊富な生活資料を入手できるようになった社会には一定の余裕が生まれ、様々な知識が情報として蓄積されていくことになった。

 社会内部での情報蓄積は、鉱物への高度な情報転写を可能にした。工業化社会は、特定の用途を実現させるために設計された機械を製造し、これを地下資源などから取り出したエネルギーで駆動させることによって生産力を爆発的に増大させた。経済における情報利用の対象が、有機的生命体のみに留まらず、地球が埋蔵していた種々の無機物へと画期的に拡張されたのである。

 しかし、工業化の副作用として、いわゆる公害がもたらされた。そして21世紀の今日、原発事故による放射能汚染は言うに及ばず、温室効果ガスによる気候変動が我々を脅かしつつあることは既に冒頭でも触れたとおりである。

 一方で、工業化社会は情報化社会へと変貌した。コンピュータのない世界など、今や現実以外のどこかにしか存在しない。

 こうした段階からさらに情報利用が発展するとしたら、それはどのようなものであろうか。その一つがおそらくAI(人工知能)であることは論を俟たないであろう。ここで結語的に提出したいのは、違う側面から見た可能性であり、課題であり、試練である。

 すなわち、「(温室効果ガスなどの廃物質をも構成要素として含めた)環境の演算装置化」がそれである。これまでの経済が環境汚染へと帰結する「資源抽出経済」であったとすれば、これからの経済は、環境自体を設計された入出力処理系へと置換する「環境プログラミング経済」になっていくのではないだろうか。なぜなら、熱波や干ばつや暴風雨の被害によって、無策の果てにある未来を我々はもう予見し始めているからである。

 持続可能な社会は、環境の在り様を転回させるまでに進歩的であるはずだ。「環境をもコンピュータ化して活動する社会は停滞的ではない」というのが本稿の結論である。


\2つのランキングに参加中!クリック応援お願いします/

にほんブログ村 政治ブログへ

コメント

This site is protected by reCAPTCHA and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.

タイトルとURLをコピーしました