「月に吠えらんねえ」読後感。 優しき“ひのもと”の為にーー今は戦後か戦前かーー

織田ともか

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まず始めに、この漫画を勧めて下さったKさんに深く感謝の意を捧げます。

単行本で追っていた漫画「月に吠えらんねえ」が完結した。

舞台は近代詩歌句(しかく)街。
おもひ
まぼろし
ことだまの街。
詩人、歌人、俳人が暮らす街。

自然豊かで風光明媚な所だが、住人が変人揃いのせいかいまいち緊張感が足りない。そんな街だ。

しかしそれ以上に変なのが、この街の仕組みである。住人(芸術家)は森羅万象を操れるし、時制がめちゃくちゃで、本当はとっくの昔に死んでいる筈の人間も普通に暮らしている。

しかしそれでも街が一見何事もなく運行されているのは、ある“神”の力のお陰だった…。

そんな詩歌句街に異変が起き始めたのは、丘にある天上松に、不気味な縊死体が現れてから。

主人公は、萩原朔太郎作品を擬人化した「朔くん」。この漫画の登場人物は、全員文豪作品を擬人化した登場人物で綴られている。

「朔くん」は、医者の長男として産まれ跡継ぎを期待されたが、入る学校をことごとく落第。職にもつけず、唯一詩壇から評価されている詩も世間からは理解されず、家族からも穀潰しと罵られる有り様(史実の萩原朔太郎も、“日本口語詩の父”と評されている)。

しかし、その「朔くん」が、のどかでどんな落ちこぼれの社会不適合者も受け入れる詩歌句街の“神”であった。

天上松に縊死体が現れてからは街には不穏な事が起こり始める。
突如として街を襲う空襲。皇紀2600年を祝う熱狂の渦。反乱を起こしたと疑いをかけられて銃殺された友人の幻。詩歌句街を1人旅立った朔くんの友、「犀」(室生犀星作品より)が目の当たりにする戦場の数々…。

「月に吠えらんねえ」には、実に様々なテーマが盛り込まれているが(自己愛、他人との愛情、友情、近代詩評は勿論)、ここでは、文学と戦争の関係の危うさについて記しておきたいと思う。何故ならば、文学と戦争、愛国と文学の関係にここまで迫った作品は恐らく少ないのではないだろうかと思うからだ。

詩歌句街の天上松は「愛国心」の象徴であった。そして、天上松の枝にぶら下がった縊死体は、愛国心が暴走した時に見せる「戦意高揚」の姿だった。

第二次大戦中、新聞や雑誌、映画などのメディアは戦意高揚の為に国家によって利用された。文学もまた、その手を逃れられなかったのである。勿論、書かない事で沈黙を守った作家もいた。しかし1940年、文学者が翼賛運動を行う「文芸銃後運動」を設立したのは、あの芥川龍之介賞や直木三十五賞を設立した菊池寛であった。終戦後、GHQにより公職追放された菊池は「戦争になれば国の為に全力を尽くすのが国民の務めだ」と憤ったという。彼の他にも、戦争に加担した作家は世間から戦争責任を問われ、歴史から名前を消された作家も少なくはない。どの立ち位置を取ったのかは作家自身の問題であるかも知れないが、戦争が、彼らのその後の命運を分けてしまったのである。

歴史に「もしも」は有り得ないが、もし川端康成が、当時の世論に流されるまま、翼賛的文章を進んで書いていたならば果たして日本人初のノーベル文学賞に選ばれていたであろうか? 現在も彼の名前と作品は残っていたであろうか。生来が体制的なものが芸術を圧するのを嫌う氏であったのでそれは要らぬ妄想であろうが、彼にも翼賛的記事の依頼は来ていた上に、事実特攻隊の取材も行なっていた(しかし肯定的な記事は書けなかった)。

それ程迄に多くの市民は文学者を持ち上げ、敗戦後は戦犯として叩きのめしたのである。

そこで詩歌俳句に目を向けてみる。それは叙情の世界である。春の桜、萌える緑の山、秋の川を流れる紅葉、積もる雪に息を弾ませる冬…。四季の移ろいを愛し謳う心は、愛国心に繋がらないだろうか。都会に出て、夕暮れどきにふと思い出す故郷への郷愁は…?

君が代は
千代に八千代に
さざれ石の
いわおとなりて
苔のむすまで

これは読み人知らずとして「古今和歌集」に収められている「短歌」である。元は歌を送られるとされる人物の「長命」を願う歌であったとされている。しかしこれさえも「天皇の治世」を祝う歌とされてしまった。未だに和暦が残る日本にとって、「天皇の治世」とは「日本の繁栄」とイコールであると言っても良いだろう。

「愛国」が、「日本の繁栄」を願う心がいけないわけではない。しかし、私たちは各々が思っているよりも未熟であるかもしれないと気をつけなくてはならない。「愛国心」と「戦意高揚」の境目を見つけるのがとても難しいと感じる程には。

果たして“神”は縊死体(戦意高揚)を取り込んだ。そこに、米軍を装った敵機(翼賛詩を無かった事にしようという思惑の具象化)が幾度となく襲いかかってくる。その度に「先の戦争を総括せよ」と、喉元に銃を突きつけられた気持ちになる。70年以上も経つが、私たち日本人は、碌にあの戦争のなんたるかも結論付けていないのではないだろうか。

私たちは気をつけなければならない。
国家が文化を操る事は容易いことなのだという事を。

言葉を愛し、
人を愛し、
音楽を愛し、
ふるさとを愛すならば、尚の事。



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コメント

  1. 匿名 より:

    左翼の人はよく「保守の奴らは戦争をしたがってる!」みたいなことを言うが
    戦争をしたがる奴などいるか?
    日本がどこの国と何を目的で戦争をする と思っているのだろうか?

    • 匿名 より:

      じゃぁどうして戦前の「保守」政治家の方々は沢山の国との戦争を始めたんですか?

      (エラーが出るので何度か書き直してまして連投になってたらごめんなさい)

    • 匿名 より:

      この変化のスピードが早い時代に、思考が19世紀20世紀のままのやつとか
      ┐(´д`)┌
      まずは質問に答えましょ 具体名で。
      現代において「誰が?」「どこの国と?」「どんな目的で?」戦争が始まるの?
      もちろん国内も国際世論も許すはずがない
      それでもそれらを押し切って戦争をしたがる存在を本気で信じてんの?

  2. このからあげじゃ食中毒になります より:

    >もし川端康成が、当時の世論に流されるまま、翼賛的文章を進んで書いていたならば果たして日本人初のノーベル文学賞に選ばれていたであろうか? 現在も彼の名前と作品は残っていたであろうか。

    「ノーベル賞」のほうはいざしらず(川端と最後まで競った最有力候補は既に各種の憂国活動をしていた三島由紀夫でしたね)、『名前と作品は残っていたであろうか』という基準なら、公職追放になった人の例として挙げられている菊池寛の名前も作品も、がっつり今現在も残っているわけですが。
    詩歌の世界でもサトウハチローや山田耕作ほどに作品が愛されているアーティストがどれほどいるか。「米英撃滅の歌」や「勝利の日まで」を含めて、愛された。

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