唯物弁証法再考 ー エンゲルスの諸法則から資本論のマルクスへ ー

久路喜之

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政治
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 弁証法は、強力な思想的武器である。この武器を進歩主義陣営に留め置くために、弁証法について、特にマルクス主義的な唯物弁証法について、再考してみたい。

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唯物論的弁証法の点検

 革命家カール・マルクスが弁証法をどう捉えていたかを知るには、主著である『資本論』をひもとけばよい。ドイツ観念論の哲学者ヘーゲルを批判的に学んだ彼は、第2版の後書きで、弁証法は「現存しているものの肯定的な理解の中に、同時にその否定の理解、その必然的没落の理解を含むもの」であると述べている。さらに続けて、弁証法は「生成した一切の形態を運動の流れの中に、したがってまた、その経過的な側面にしたがって理解するもの」であって、「何ものも恐れず、その本質上批判的で革命的なもの」であるとも記している。後ろの記述ほど付随的な説明であるとすれば、ここでのマルクスの解説から

 弁証法は、「現存しているものの肯定的な理解」である。

という要言を導き出すことが可能だろう。

 しかし、マルクスによるこの説明は、必ずしも一般に広くは知られていない。マルクス主義者らが唯物論的弁証法(唯物弁証法)について学ぶとき、彼らが目にするのは、エンゲルスの抽出した「法則」を取り扱ったテキストがほとんどなのではないだろうか。

 フリードリヒ・エンゲルスはマルクスの盟友であり、今日では古典となっている数々の著作を世に送り出したマルクス主義の思想家である。彼によれば、弁証法の諸法則は次の3つの法則に帰着する。すなわち、

量の質への転化(、またその逆の転化)

対立物の相互浸透

否定の否定

が、それである。以下、それぞれの意味するところを簡単に説明しよう。

 まず、「量の質への転化」であるが、これは「量的変化がある一点に達すると突然に質的転換が起こる」(『反デューリング論』)という法則である。実例としてエンゲルスがあげているのは、水の温度変化である。「水は、標準気圧のもとでは、摂氏零度で液体状態から固体状態に移行し、摂氏100度で液体状態から気体状態に移行する」(同上)。「その逆の転化」(質の量への変化)については、元素変換による莫大な熱量の放出(すなわち核分裂や核融合)が参考になろう。

 次に、「対立物の相互浸透」であるが、これは「ある対立の両極、たとえば積極的なものと消極的なものとは、対立していると同時に、またたがいに分離しえないものであり、まったく対立していながら、互いに浸透しあっている」(同上)という法則である。このような観点から考察した場合、エンゲルスによれば、原因と結果なども、「たえずその位置を換え、いま、あるいはここで結果となっているものが、あそこ、あるいはつぎには原因になり、またその逆もおこなわれる」(同上)とされている。現代の我々であれば、このような原因と結果の例として、経済活動での好循環や悪循環(負のスパイラル)などを想い起せばよいだろう。

 最後に、「否定の否定」であるが、これは「反対物の統一」の法則である。「対立物の相互浸透」と違うのは、「否定の否定」が「発展法則」(『反デューリング論』)だということである。イメージとしては、一粒の麦の消滅(=否定)としての発芽・成長・開花・受精がなされた後に、麦粒が熟すると茎は死滅し(=否定の否定)、数十倍の麦粒が得られるという一連の過程が挙げられる(同上参照)。この過程で、「種子」の反対物である「根・茎・葉」が、再びその反対物の「種子」へと統一され(しかも数も増し)ているということになる。

 ここで一つ注意すべき点が出てくる。それは、この3つの法則がおのおのが独立した形で並列されているということである。エンゲルスは『自然の弁証法』で「ここでは、弁証法のハンドブックをつくるには及ば」ないとし、「あの諸法則の相互間の内的関連に立ち入るわけにはいかない」と述べ、それ以上の説明を割愛している。しかし、今や21世紀である。いつまでも理論的な空白を放置しておくわけにはいかない。進歩主義陣営に武器としての思想を用意するためにも、我々はこの未踏の「内的関連」に立ち入り、そして、エンゲルスの著した弁証法とマルクスの記述した弁証法との間の、分裂しているようさえ見える隔たりに橋を架けなければなるまい。

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法則の命題化とキーワードの抽出

 両者の弁証法に架橋するためにはどうすればよいか。直接的にアプローチしようとしても手掛かりがないので、ここでは手掛かりを求めるところから始める。我々の目の前にあるのは、言語で記述された弁証法の諸法則である。そこでテキスト操作を間接的に手法として用いることで、この課題にアプローチを試みてみよう。

 エンゲルスが取り上げたのは、次の3つの法則であった。すなわち

量の質への転化(、またその逆の転化)

対立物の相互浸透

否定の否定

がそれである。
 まずは、「量の質への転化」から見ていこう。今この法則は「形容句+名詞」という形式で記述されている。これを、主語と述語からなる文章に書き換えるとどうなるか。

 量は質に転化する。

 なるほど、一見しただけなら、これで文章としては意味が通じるように思えるだろう。しかし、果たして本当にそうだろうか。いついかなる場合でも、量は質に転化するのだろうか。いや、そんなことはあるまい。なぜなら量が質に転化するのは、ある条件が満たされた場合に限られるからである。その条件とは何か。量が限度を超えることである。したがって、正しい書き換えは、こうなる。

 (限度を超えた)量は質に転化する。

 カッコ書きの箇所は、先程の文章にあった欠落を補っている部分である。
 真偽の判定が可能な文章は、一般に「命題」と呼ばれる。そこで、以上のようなテキスト操作を、本稿では「法則の命題化」としておこう。

 さて、エンゲルスによれば、弁証法には「諸法則の相互間の内的関連」が存在する。それがあくまで「内的」連関であるということは、その相互間の連関が外部に表面化されていないことを意味する。そして今、法則の内に埋もれていた「関連導出の手掛かり」らしきものが、法則の命題化によって浮かび上がってきた。命題化のために先程の文章に補ったカッコ書きの箇所がそれである。「量の質への転化」の法則について言えば、「(限度を超えた)」という法則成立の要件を示さなければ、その命題化はなされなかった。

 以上の処理の仕上げに、このカッコ書き箇所を名詞化することで、法則成立の要件をキーワードとして抽出することが可能である。では、「限度を超えた」を名詞化した場合、いかなるキーワードが抽出されるだろうか。

 〔超越〕こそが、その答えとなるだろう。

 そして、この手順は「(、またその逆の転化)」である「質の量への転化」にも準用できるであろう。

 2番目の法則は「対立物の相互浸透」であった。これをそのまま文章化するとどうなるか。

対立物は相互に浸透している。

 このままでは、浸透が、一方通行を交代しながらなのか、それとも双方向に同時になされるのか、読み方によってどちらにも受け取れてしまうことになる。そこで、先に引用したエンゲルス自身のテキストにならい、書き換えてみよう。

 対立物は相互に浸透し(合っ)ている。

 このようにカッコ書きの箇所を補えば、文意が(多義的でなく)一意的となり、命題として成立するようになる。そしてこの「(合っ)」の箇所は「混じり交わり合っている事態」と捉えられるから、名詞化によって〔混交〕というキーワードが抽出できるだろう。

 3番目の法則は「否定の否定」である。これを文章化すると

 否定は否定される。

となる。
 しかし、このままでは「否定とは否定されることである」という同義反復として受け取られかねない。もちろんここでは「第一の否定は第二の否定によって否定される」という意味にならなくてはならないから、この文章を命題化するために語句を補うとこのようになるだろう。

 否定は(再び)否定される。

 このカッコ書きされた法則成立の要件を名詞化することによって、我々は〔再帰〕というキーワードを抽出できよう。

 以上の説明をまとめると、弁証法の3つの法則、すなわち

「量の質への転化(、またその逆の転化)」
「対立物の相互浸透」
「否定の否定」

から、法則の命題化によって

〔超越〕

〔混交〕

〔再帰〕

という3つのキーワードが抽出できるということになる。

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そしてマルクスへ

 ここまで来れば、マルクスから要言した「弁証法は、『現存しているものの肯定的な理解』である。」という命題へと、我々も最後の一歩を踏み出せるはずである。

 〔混交〕は、「現存しているもの」である。あるいは、「現存しているもの」は〔混交〕している。

 万物は流転する。何物も、永遠にそのままではいられない。したがって、このような〔混交〕の限界を創出的に突破して、〔超越〕が生じる。それは、「現存しているもの」の否定である。

 〔超越〕もまた、永遠には続かない。それは再び否定されなければならない。否定の否定は「肯定」である。単純な肯定とは違い、この「肯定」は〔超越〕を媒介とした肯定であり、いわば一段高い肯定である。

 こうして、〔超越〕は、新たな限界に跳ね返されるようにして、「現存しているもの」へと〔再帰〕する。当初の〔混交〕は新たに〔混交〕’として、同一性を保持したまま自らを更新する。

 この関係は、〔混交〕→〔超越〕→〔再帰〕(→〔混交〕’)の循環として図式化できる。そして、この循環こそが、エンゲルスの諸法則の「内的関連」であると筆者は考える。なぜなら、これらのキーワードは、彼の諸法則から表出させたものだからである。

 〔混交〕’は、超越からの再帰によって実証された〔混交〕である。「現存しているもの」の実証なき把握は独断に過ぎない。〔混交〕は、〔混交〕’によってこそ初めて真に「理解」される。この意味において「肯定的な理解」とは「『否定の否定』による理解」であり、それには「超越からの再帰による実証」が不可欠である。ここからの帰結として我々は、「〔肯定的な)理解」と「(超越からの再帰による)実証」とは究極的には同義であると言えるのではないだろうか。

 考察の導いたところによれば、弁証法、すなわち「現存しているものの肯定的な理解」は、「①〔混交〕の、②〔超越〕を媒介とした、③〔再帰〕による実証」である。こうして我々は、エンゲルスの諸法則を資本論のマルクスへと繋いでみせることができるのである。

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おわりに

 弁証法という鉱泉は、まだまだ汲み尽くされていないのかもしれない。そうなのであれば、この戦略的リソースを、復古主義陣営に悪用される前に、我々の側で先取することは、彼らとの戦いを有利に運ぶための一個の布石となるであろう。

 本稿が、その観点から見て進歩主義陣営に資するものであれば幸いである。

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コメント

  1. トリ食えば名無し より:

    仏陀、イエス、マホメットときて次の世界宗教の教祖になり損ねたマルクス
    1000年早いわ

    • トリ食えば名無し より:

      科学に擬態した新興宗教
      もっとも人類を殺した百害の宗教 社会主義

  2. トリ食えば名無し より:

    ⭕弁証法は「現存しているものの肯定的な理解の中に、同時にその否定の理解、その必然的没落の理解を含むもの」である

    ❌弁証法は、「現存しているものの肯定的な理解」である

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