「あとにつづくものを信じて走れ」……井上ひさしが遺した最後の3時間『組曲虐殺』

織田ともか

サブカル
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 10月23日水曜日、眩しいほどの快晴。天王洲銀河劇場前に並ぶ行列の中に私はいた。井上ひさしの音楽劇「組曲虐殺」の再々演を観るために。

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 初演は2009年の秋に上演された。しかし、彼が翌年の4月に亡くなってしまった為に、この作品が最後の戯曲となってしまった。私自身、井上氏の作品が好きで何度か劇場に足を運んだりもしていたので、彼の訃報にはとても大きな衝撃を受けた。

 「組曲虐殺」初演は、テレビで深夜に放映されたのを録画して繰り返し観た。再演されていたのは気付かずに終わってしまっていた。いつかまた、今度は劇場で観たいと願っていた所への再々演であった。上演の知らせを聞いた時は嬉しくて舞い上がってしまった。

舞台『組曲虐殺』2019 ダイジェスト映像


 客席が暗くなり、舞台の上で役者たちがピアノの伴奏に合わせてきびきびと動きながら、歌い出す。これから始まる3時間は、貧しい人たちからパンを買うお金をくすねている存在に気づいた少年が、後にプロレタリアートの旗手として名高い小林多喜二となって拷問の末虐殺されるまでの2年9ヶ月を、周囲の優しい人々や、時には特高刑事迄とさえも心を通わせ合いながら生きる物語である。

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 井上氏の眼差しはどこまでも優しいが、それ故にどこまでも厳しく、容赦が無い。井上氏の父親がプロレタリア文学運動に関わっていた為、子どもの頃に「アカの息子だ」と差別されていた事や、自身が小説、戯曲と「言葉」を扱う仕事をしていたせいもあるだろう。



 治安維持法の下に、「伏せ字無しで自由にものが言える時代になればいいと思っているだけです」そう願った素朴な青年が、何故3時間にもわたる拷問の末に殺されなければならなかったのか。武器ではなく言葉の力で世の中を変えようとした彼の想いが暴力によって踏みにじられた理不尽さを、観る者に容赦なく突きつけてくる。

組曲虐殺 (単行本・ムック) / 井上 ひさし 著


 しかし、舞台の上で過ぎる3時間は、時に優しくて、時に軽やかだ。初演当時井上氏は「多喜二に穏やかな時間をプレゼントしたかった」と語ったという。だからこそ、多喜二の死が余計に辛くなってしまう。私たちはもう、他者ではないからだ。


 多喜二には生前、身請けした元酌婦の田口タキがいた。彼女への手紙にこう記したという。

 「闇があるから光がある」

 そして、舞台の上で多喜二は彼女にいう。

 「命あらばまた他日。元気で行こう。絶望するな」

 そして、彼女は多喜二に応えて返す。

 「小林多喜二くん、絶望するな!」

 現代の不況や理不尽の闇の中にいる数多の同胞たち、共に元気で。絶望するな。

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【あらすじ】 ときは昭和5年の5月下旬から、昭和8年2月下旬までの、2年9ヶ月。
 幼い頃から、貧しい人々が苦しむ姿を見てきた小林多喜二(井上芳雄)は、言葉の力で社会を変えようと発起し、プロレタリア文学の旗手となる。だが、そんな多喜二は特高警察に目をつけられ、「蟹工船」をはじめ彼の作品はひどい検閲を受けるだけでなく、治安維持法違反で逮捕されるなど、追い詰められていく。そんな多喜二を心配し、姉の佐藤チマ(高畑淳子)や恋人の田口瀧子(上白石萌音)はことあるごとに、時には変装をしてまで、彼を訪ねていく。瀧子は、活動に没頭する多喜二との関係が進展しないことがもどかしく、また彼の同志で身の回りの世話をしている伊藤ふじ子(神野三鈴)の存在に、複雑な思いを抱いている。言論統制が激化するなか、潜伏先を変えながら執筆を続ける多喜二に対し、刑事の古橋鉄雄(山本龍二)や山本 正(土屋佑壱)は、彼の人柄に共感しながらも職務を全うしようと手を尽くす。命を脅かされる状況の中でも、多喜二の信念は決して揺るがず、彼を取り巻く人たちは、明るく力強く生きていた。そしてついにその日は訪れる…。
多喜二「ぼくたち人間はだれでもみんな生まれながらにパンに対する権利を持っている。けれどもぼくたちが現にパンを持っていないのは、だれかがパンをくすねていくからだ。それでは、そのくすねている連中の手口を、言葉の力ではっきりさせよう・・・・(中略)ぼくの思想に、人殺し道具の出る幕はありません。」

https://horipro-stage.jp/stage/kumikyoku2019/



《これからの公演》
・富山公演2019年11月22日(金)オーバード・ホール
・名古屋公演2019年11月30日(土)〜12月1日(日)御園座


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コメント

  1. 今日からパ翼(俺たちは天使だ!) より:

    井上ひさしの 妻に対するDV
    西舘好子さん「家族戦争」 赤裸々な前夫との愛憎劇
    2018.3.7 08:30
     だが、西舘さんによれば、“生みの苦しみ”に伴うのは狂気としか言いようがない、すさまじい暴力だったという。「執筆を始めると『悪魔』が降りてくる。私への暴力はエスカレートするばかり…。ただ、書くためのプロセスだと理解していたし、私もやり返した。そのことは恨んでいないし、離婚の原因でもありません。ましてや(互いの)浮気なんて…」

     では、何が原因だったのか。「(仕事上の)感情の行き違いだったと思う」と西舘さんはいう。井上作品を上演する「こまつ座」を設立したとき、妻の西舘さんが主宰者として前面に出ることになった。「世間から妻が注目されることへの複雑な思い。さらには相談相手だった私がいなくなって井上さんは孤独な作業を強いられ作品をつくるのにもがき苦しんだと思う」

    なぜ左翼にはDV男が多いのだろうか?

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