ラットパーク実験――普通の人が薬物依存症を発症するのはなぜ?

朔海あかり

朔海あかり

コラム
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 芸能人の薬物依存がマスメディアを賑わせている。

 時の政権に問題があるとなぜか大物芸能人の薬物による逮捕が起こる傾向にある日本だが、その関係性はひとまず脇へ置き、薬物依存についての興味深い論文を紹介したい。

※以下、引用する実験は動物を対象に行われており、動物愛護の観点から不快な思いをされる方もいると思われるので(調べた私自身もあまりいい気持ちはしなかった)苦手な方は以下の文を読まないようおすすめしたい。

 1970年代後半にサイモンフレーザー大学で、カナダの心理学者ブルース.K.アレクサンダーによって行われた薬物依存の実験の一つに「ラットパーク」(日本語ではネズミの楽園とも呼ばれる)実験がある。

 ウィキペディアからの要約になるが、アレクサンダー氏のこの実験の前提には、スタンフォード大学のアヴラム・ゴールドスタイン教授によって行われた(薬物の)「自己注射実験」というものがある。ゴールドスタイン教授の実験は、ゲージに入れたサルに注射針を刺した状態にし、ゲージ内のレバーを押すとモルヒネが投与されるようにすると、サルは自らレバーを押してモルヒネに依存するようになる、という実験だ。ラットでも同じ結果が得られたとゴールドスタイン氏は発表し、人間の社会でも薬物に歯止めがない状況では同様の事が起こるとした。

薬物依存症 (ちくま新書) [ 松本 俊彦 ]



 その研究結果にアレクサンダー氏は疑問を持つ。19世紀のイギリスではアヘンが医療用として濫用されたにも関わらず、(重度の)依存症になった人間は少ないのではないかと。(※この部分のアレクサンダー氏の見解と、私の見解は少し異なる。当時のイギリスでもアヘン依存は問題視されていたように思う)

 アレクサンダー氏は、自己注射実験の動物は狭いゲージの中で重度のストレスを感じていたのではないかと仮定、薬物に依存するようになったラットを苦痛のない環境に置く実験を試みた。それがラットパーク実験、「ネズミの楽園」だ。

 狭いゲージには一匹だけのラット、もう片方は200倍の広さのゲージに16~20匹の雄雌のラットと共に遊具や食料を十分に配置した。両方のゲージには、モルヒネ入りの水と通常の水を両方用意する。モルヒネ入りの水には苦さをするために砂糖を入れる。

 狭いゲージに一匹だけ入れられたラットは、すぐにモルヒネ入りの水を好んで飲むようになったが、広いゲージのラットは、砂糖の量を増やしても、モルヒネ入りの水は飲まなかった。しかし、依存状態になったラットを広いゲージへ入れると、最初は痙攣など離脱症状を示したラットは、その後は通常の水を飲むようになったという。

 この実験でアレクサンダー氏は、薬物依存は動物が孤独やストレスなどの環境を緩和するためにとる手段であり、人間にも同様のことが言えると発表した。(※実験後ネイチャー誌とサイエンス誌において論文の掲載は拒否されているが、2001年にアレクサンダー氏はカナダの上院でこの説を報告し、現在は同研究論文の支持者も増えているという)

 ここでカナダの上院でアレクサンダー氏がなぜ発言したのか、その経緯と結果に合点がいく人も多いだろう。カナダでは2001年に医療用大麻の使用が合法化され(アレクサンダー氏の上院での発言はその為に行われたのだろう)2018年6月19日に享楽目的の大麻の合法化が可決された。


 だが、私は大麻の合法化に対しては大変疑問を覚える。人間の脳とラットの脳の仕組みは全く同じではない。人の脳は薬物使用によって通常得られる快楽の上限が壊れ、それ以上の快楽を求めてしまう仕組みになっている。これは、いわば脳の病気だ。



 しかし、ストレスが原因で依存症に陥るという構図は、正論だと私は考える。

アルコール・薬物依存症の再発予防ガイド ソブラエティを生きる [ テレンス・T・ゴースキー ]


 依存症は薬物だけには限らない。ギャンブル、アルコール、煙草、(人間)関係依存、様々な依存症があり、依存症が原因で通常の社会生活をおくる事が困難な人もたくさんいる事は事実だ。


 だからこそ、依存症になってしまう今の社会が抱える問題、ストレスの原因から、私達は見直すべきではないか。私達は、この広い世界においてすら、「心の孤独のゲージ」の中で孤独に震える動物になってしまってはいないか。


 アレクサンダー氏の実験は、カナダでは大麻の合法化の論拠となった。
 だが、私達は、アレクサンダー氏のラットパーク実験から、私達が住む社会がかかえるストレスの根本解決と、そして、社会と環境が作り出したストレスから依存症になってしまった人を孤独にしない「安心できる社会」を考えるべきではないか。


 人が、自己責任の荒野に置き去りにされてしまう今の日本。


 災害があっても自己責任と被災地を、被災者を置き去りにしてしまう今の日本。


 薬物自体は昔からあるが、「依存症」は、そんな孤独な社会が生み出す、現代の病なのではないか。


 今だからこそ、薬物依存に関わらず、何かに「依存する病」を発症させてしてしまう社会システムを、見直す時期になっているのではないか。
 孤独に苦しむ人を受け入れられる成熟した社会を、私は願う。

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